Real Mahjong Unit

第1打論その5-土田浩翔


RMUさん

RMUさん (27)

2008/02/15 04:06

最近ブログを始めましたが、ファンの方からこういう質問をよくいただきます。
「なぜ土田プロは、第1打に字牌を切らないのですか?」
「字牌を切らないと不便なことも多いのでは?」

そこで今回は、私が第1打に字牌を切らない理由を書かせていただきます。

13556m78p2366s西北白

東3局親の配牌でドラ8p。さて、みなさんだったら何を第1打に選びますか?

西かな、それとも北かな。
ま、いずれにしても、そのオタ風2種のうちのどちらかでしょう。

そして、この配牌から描く現実的な最終形は、次の3つ。

34556m678p23466s

12356m789p12366s

567m789p23666s白白

こんな絵を描きながら、2巡目以降の摸打を繰り返していくはずです。

もしこの配牌から、字牌を第1打に捨てられないとしたら、果たして何を捨てていきますか?(そんな非現実的な話につき合ってられないよ!なんて言わないで考えてみてください)

1mしかないだろ、とおっしゃる方と、5mでもいいかなとおっしゃる方がいそうですね。

私は6sに手をかけます。
なんか、先々を読みながら、パズルを解く感覚で面白いと思いませんか?

エッ?!そんな小難しいことしないで、さっさと字牌から捨てればいいじゃないか、と言われそうですね。

でも実はここが一番の肝になっていて、字牌を捨てないことによって、その局の見通しを第1打の段階からチェックできるようになるのです。

いやいや、そんな不自由なことしなくたって、その局に対する自分の姿勢(大局観)くらいわかったうえで第1打を選択してるから、という反論もあるでしょう。

でも、本当に第1打にオタ風を捨てるとき、その局の行く末を見据えて打ち出しているでしょうか?

私の目からは、どうしても手牌を整理する習慣、もしくは型にはまった手順をただ遂行しているだけにしか見えません。

たぶん…多くの打ち手は、3~4巡ツモってから(もっとわかりにくいときは、6~7巡ツモってから)その局の方向性や攻守の判断をしています。

ここが問題なのです。

何事もそうですが、気づくことが早ければ早いほど、物事は処理しやすくなります。

この道理がわかっているにもかかわらず、いざ麻雀を打つ段になると、もう少しツモや他家の情勢を見てみないと…という考え方が主になってしまうのは、伏せられた牌があまりにも多いからでしょうか。

でも、考えてください。
見えてからでは「時すでに遅し」なのですよ。

私は、第1打を捨てる段階で、配牌をスタート、最終形をゴール(勘違いしてはいけないことは、必ずしもアガリがゴールではないということ。実りのないアガリと、実りあるテンパイの違いを理解してほしいなと思います。この項については改めて書きたいと思います)とすれば、その局自分が走るコースを描けるかどうか?
ここが大きなポイントになります。

描くコースには、
・最短距離のコース
・少し迂回していかなければならないコース
・回り道してもいいから、たくさんの実を摘んでくるコース
・ゆっくりゆっくり、障害物をよけながら慎重に歩いていくコース
・険しい山道なので転落しないよう石橋を叩きながらいくコース
いろいろありますが、走ってみてからじゃないとわからないとか、歩いてみなきゃわからない、というような話ではなく、スタートする段階で見極めよう、という見地に立ったとき、私は第1打に字牌を選ばなくなったのです。

いろいろ書きましたが、この項はまだ書き足りないところがありますので、前・後編に分けさせていただきます。

ソーシャルブックマークへ投稿(ソーシャルブックマークとは はてなブックマークに追加 Buzzurlにブックマーク

コメント (0)

コメントはまだありません。



トラックバック (0)

トラックバックは受け付けていません。