読むJ-POP 2009

小泉今日子・なんてったって「NICE MIDDLE」


田家秀樹さん

田家秀樹さん (0)

2008/11/16 18:57

 何の世界でもそうなのだろうけれど、改めて振り返るからこそ分かることや見つかることは少なくない。
 その時は、何気なく見過ごしていたり、見落としていたり、それがどういうことなのか気づかなかったことが、今になって分かってくる。そのことが、時間の経過を飛び越して、点を線に繋げてくれることになる。

 先日、その一例となったのが、小泉今日子についてだった。
 再来週、11月26日に5年半ぶりのオリジナルアルバム「NICE MIDDLE」が発売になる。
 女性に対して年令について話すときは慎重な気の使い方が必要になるというのは、取材やインタビューでも同じだ。男性にとっては、年令を重ねることが、成長や成熟の裏付けとなったりしても、女性はそうは行かない。特にアイドル系だった女性にとっては、年令は触れたくないと思っている人が殆どではないだろうか。そういう意味言えば、「NICE MIDDLE」というタイトルは異例ということになるのだが、まずはその話ではない。

 千葉のFM局BAYFMの「MIND OF MUSIC」という番組(日曜午前9時半~11時半)で彼女の特集を組むので、これまでのアルバムなどを聞いていた。そして、90年代の彼女の代表曲でもある「あなたに会えてよかった」の作曲・編曲が小林武史だったということに気づいた。前回も彼の名前が登場していて、その前に書いたレミオロメンのプロデユーサーがやはり小林武史だったというのは単なる偶然である。

 もちろん、その当時も作曲クレジットを見てはいたことは間違いない。「あなたに会えてよかった」の作詞は彼女自身であり、当時、”作詞家としての小泉今日子”という原稿を書いた覚えもある。ただ、その時は、”作詞・小泉今日子”という方にばかり意識が行っていたということもある。同時に、小林武史という名前が、彼女の楽曲に当時関わっていた高見沢俊彦や筒美京平、大滝詠一などと言った名前ほど知名度がなかったせいもあるのだろう。でも、あらためて聞いた「あなたに会えてよかった」は、イントロや間奏、アウトロなど随所に小林武史ならではの技が巧みに織り込まれていた。

 それでつながったのが、10月だったと思うが、小林武史プロデユースのテレビ番組「東京環境会議・ネオコラ」に彼女が出ていたことだった。「東京環境会議」というのは、小林武史と桜井和寿が設立した非営利団体・apbankの一連の流れの中で行われているクラブ系イベントである。クラブに遊びに来る若者にも環境問題を伝えたいという、apbankフェスの別動イベントと言っても良い。「ネオコラ」は、その趣旨に準じギャグバラエテイ番組だった。

 環境問題を題材にしたギャグ。かつての「ゲバゲバ90分」と言うと、ある年令以上の方にはイメージしやすいかもしれない。そこに進行役もかねた役割で彼女が出ていた。バラエテイ的な軽さを持ちつつ、適度な大人の生活感も備えている。それは、独特な空気感だった。どうして彼女がここにいるのだろう、ということの一つの答えが「あなたに会えてよかった」でもあった。

 そうやって改めて彼女の楽曲の作家陣を見て、彼女が持っていた”時代の空気”が見えるような気がしたのだ。80年代の終わりから90年代にかけて”渋谷系”と呼ばれた音楽がクラブを舞台に広がっていった時代のサブカル的なアーテイストとのコラボ的なジョイント。それは、制作スタッフの思惑や仕掛けという域を超えて、彼女自身が求めたのだろうということが伝わってきた。

 新作の「NICE MIDDLE」のコンセプトの一つが”同世代のクリエーター”と作り上げるというものだったそうだ。作家陣には、ベストセラー「東京タワー」のリリーフランキーや、クラブ系の大御所DJ、藤原ヒロシ、やはり当時文学的なラップで注目されたTOKYO NO.1 SOULSET、アコーデイオン奏者、新井武人、ジャズギタリストの大橋友規といった人たちが加わっている。いずれも彼女の前後数年生まれのほぼ同世代の人たちだ。全11曲のうち彼女も4曲詞を書いている。

 NICE MIDDLEーー。
 身も蓋もない言い方をしてしまえば”中年”である。忌野清志郎が自分のバンドを”NICE  MIDDLE BAND”と呼ぶのは、少しニュアンスが違うかもしれない。男性が自分を”オジサン”と呼ぶよりも女性が自分を”オバサン”と呼ぶ方がハードルが高いということでもあるだろう。なかなか軽やかな響きは生まれにくい。

 小泉今日子は、そうではない。”生活”という落とし穴に落ちずに日常的な生活感を漂わせている。重すぎもせず軽すぎもしない。それは、絶妙な自然さを伴っている。それは「あなたに会えてよかった」に流れている息づかいと同質のものがあった。もっと言ってしまえば、アイドル時代に他のアイドルにはなかった軽さ、大人のふくよかな穏やかさとともに流れていた。

 彼女がデビューしたのは8アイドル全盛期の82年である。80年には松田聖子がおり、82年には中森明菜もいた。そうやって振り返ってみた時に、彼女の存在感は、明らかにその二人とは違っていた。仮にアイドルに”なろうとした”のが松田聖子で、そこから"逃げようとした”のが中森明菜だったとしたら、小泉今日子は”遊んだ”のだと思う。成りきろうとも拒もうともせずに、その中で楽しいことを見つけてゆく。「なんてったってアイドル」は彼女だから似合ったのだろうと改めて思った。

 その頃「月刊カドカワ」のインタビューを読み直していて、「歌ではずっと悩んでいたけれど、映画はそういう時期がなかった」という発言を見つけた。それは、歌よりも映画やドラマの方が自分らしくいられた、ということでもあるのだろう。感じたままに表現するということが個性になる。彼女が今も映画で存在感を発揮しているのは、そういうこでもあるのだと思った。

 残念ながら映画は、ほとんど見ていないのだが、浜田省吾の30周年記念ツアーのライブ中に流れるショートフィルムに出ていた彼女に目を奪われた。小学生の男の子を持つシングルマザーの役で、子供を送り出して自分も仕事に行く最初の日、という設定。懸命に生きる女性のけなげさと母親の包容力。それでいて愛くるしさを失わない。新作アルバム「NICE MIDDLE」には、全編、そんな彼女がいる。

 「なんてったってアイドル」から22年。若くしてスターになった人、あるいは、かつてアイドルだった女性の中には、その頃の有り様に今も縛られているように見える人も少なくない。
 彼女はそうではない。女性が大人になって、年令相応の魅力を備えることの難しさは、芸能界だけでないかもしれない。「NICE MIDDLE」は、そういう意味でも、大人になることへの一つの指針として聞かれるような気がしている。 
  

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コメント (2)

ヨシ様さん

ヨシ様さん (97)

2008/11/22 03:21

小泉今日子さんや中森明菜さん所謂82年組はアラ40世代には絶対的アイドルでした。

田家秀樹さん

田家秀樹さん (0)

2008/12/05 17:50

ヨシ様・ありがとうございました。キョンキョンの存在感は独特ですよね。



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