30球団ルーキー・ウオッチング

シェイ・スタジアム(ニューヨーク・メッツの本拠地)


友成那智さん

友成那智さん (0)

2007/08/06 11:29

◆球場データ

所在地:ニューヨークのクイーンズ区
オープン:1964年4月17日
球場様式:オープンエアの天然芝球場(64年~83年まではフォットボールのジェッツと共同で使用していたが、84年以降は単独で使用)
球場のタイプ:典型的なピッチャーズパーク
新球場:現在隣接する駐車場に野球専用の新球場「シティ・フィールド」(収容人員4万5000人。オープンエアの天然芝球場)を建設中。09年4月オープン予定。シェイ・スタジアムが使用されるのは08年のシーズンまでとなる
<ホームからの距離>

<フェアテリトリーの面積>
1万500平方メートル(11万3000平方フィート)
<ファウルテリトリーの広さ>
平均レベル

収容人員:5万7333人
芝:天然芝(公表資料にはブルーグラスを使用とあるのみで詳しい芝の品種は不詳)
芝の長さ:長い(ゴロが失速する度合いはトップクラス)
ダグアウト:ホームチーム一塁側、ビジター三塁側
外野フェンスの高さ:どの部分も2・4メートル(8フィート)
<自然条件の特異性>
(1)風が強い。特に4、5月と9月はレフトからライトに強い海風が吹くことが多い
(2)海に近いため気温が低い時期は空気が湿気を含んでいてボールが飛ばない
<形の特徴>
・外野がかなり広い

◆有利なタイプ・不利なタイプ

(◎=とくに有利、○=有利、△=不利、▲とくに不利)
<有利なタイプ>
◎制球力のある左投手(トム・グラビン、04年までのアル・ライター)要因:広い外野、右打者に不利な風向き、ゴロの失速する長い芝
◎守備範囲の広い強肩の外野手(カルロス・ベルトラン、04、05年のマイク・キャメロン、01年の新庄剛志)要因:広い外野
○強肩の遊撃手、三塁手(ホセ・レイエス、デービッド・ライト)要因:長い芝
○フライボールピッチャー(オリバー・ペレス、ホルへ・ソーサ、06年までのスティーブ・トラクセル)要因:広い外野
○新人投手(06年のジョン・メイン、98年の吉井理人、97年の柏田貴史)要因:長打を気にせず自分のピッチングができる
○快速ランナー(ホセ・レイエス、カルロス・ベルトラン)要因:ランニングゲームが多くなる
○内野の頭を越す打球の多いスラップヒッター(エンディ・シャべス)要因:外野の守備位置が深い
<不利にならないタイプ>
□広角に打ち分けるラインドライブヒッター(デービッド・ライト)要因:球場が広いデメリットを受けない
<不利なタイプ>
▲パワーヒッター(カルロス・ベルトラン、カルロス・デルガード)要因:広い外野、打球が飛ばない
▲長打力のある右打者(モイゼス・アルー、04、05年のマイク・キャメロン、01、03年の新庄剛志)要因:広い外野、右打者に不利な風向き、打球が飛ばない
▲人工芝でのプレーに慣れてしまった内野手(松井稼頭央)要因:長い芝
△守備範囲の狭い外野手(モイゼス・アルー、06年までのクリフ・フロイド)要因:広い外野
△肩の弱いキャッチャー(マイク・ピアッツァ)要因:ランニングゲームが多くなる

◆データが示す球場傾向

シェイ・スタジアムにおけるここ3年間の打撃データ(04~06年、大リーグ全30球場の平均値との比較。例:「得点-10%」は得点が平均値より17%少ないことを意味します)
04年  得点-3%  本塁打-20% 安打+3%  二塁打-2%
05年  得点-4%  本塁打-13% 安打+1%  二塁打-5%
06年  得点-10% 本塁打-12% 安打-6%  二塁打-0%
(ESPN com. MLB-ballpark factorの数字をもとに作成)
データから読み取れること
(1)本塁打が、かなり出にくい
(2)得点も入りにくい

◆ホームチームの野球スタイル

メッツの野球スタイル:伝統的に投手力主体の守りの野球

◆シェイ・スタジアムにまつわるエピソード

(1)スーパーキャッチでたちまち人気者になった新庄剛志
シェイ・スタジアムでもっとも輝いた日本人選手は何といっても01年の新庄剛志だ。新庄は01年のシーズン開幕当初は4人目の外野手扱いだったが、勝負強いバッティングと抜群の守備力でたちまちバレンタイン監督のお気に入りになり、先発での出場機会を増やしていった。シェイ・スタジアムでは、球場が広すぎることもあって新庄は打率2割4分3厘、本塁打4、打点16と、いまいちの成績だったが、その分、守備では俊足を利して派手なスーパーキャッチを連発。強肩と正確な送球でランナーをホームで刺すことも度々あったため、守備力ではメジャーでもトップクラスと評価されるようになった。それに加えショーマンシップあふれる新庄は、日本時代同様、フライを軽くジャンプしてからグラブに納める独特のキャッチングでファンを楽しませ、シェイ・スタジアムのアイドル的存在になっていく。

その一方で、新庄は打撃面で不利な条件がなくなるロードでのゲームでは、打率2割8分8厘、本塁打6、打点40という好成績を出しているので、ニューヨークのメディアからは「メッツの外野手の中では守備は断トツ、打撃も十分合格点をやれるレベル」と高く評価され次シーズン以降の活躍が期待された。しかしチームが12、13勝できる先発投手の獲得が急務だったため、その年の12月に、左腕ショーン・エステスと交換でジャイアンツへのトレードが決まり、新庄はわずか1年でメッツを離れることになった。あっさりトレードで出されたのは、フィリップスGMがバレンタイン監督と犬猿の仲であったことや、チーム内ボスのジョン・フランコに嫌われたことなどが背景にあると指摘する声もある。

(2)エラー病ですべてがおかしくなった松井稼頭央
松井稼頭央が総額2100万ドルの3年契約という破格の条件でメッツに迎えられたのは04年のことだ。稼頭央は04年のシーズン開幕戦で先頭打者ホームランを記録し順調な滑り出しを見せたが、守備面ではまごつくことが多く、大事な場面でミスを連発して投手の足を引っ張った。

とくに目についたのが、ゴロを捕球するタイミングが早過ぎてポロリとやってしまうエラーだった。これは(1)球足が速い人工芝でばかりやっていたこと(2)シェイ・スタジアムは内野の芝が長いためゴロが失速すること(3)グラウンドがアンツーカーから芝に変わる切れ目の部分でバウンドがよくイレギュラーすること、などが重なったためだと思われるが、稼頭央は捕球のタイミングをなかなかアジャストできず、ダブルプレーを取れる場面で痛恨のエラーをやるなど、守備面での失態が続いた。そのため初めは歓迎ムードだったファンも、稼頭央が打席に立つたびに大きなブーイングを浴びせるようになった。
怒ったのはファンだけではなかった。メッツにはゲッツー・ゴロを打たせることに長けたベテラン投手がそろっていたため、その中には監督に「俺が先発するときは、あいつを使わないで欲しい」と注文する者も出る始末。これで精神的に落ち込んだところに、セカンドへのコンバート、腰痛による戦線離脱と試練が重なったため、稼頭央は負のスパイラルにはまり込んで、結局2年半、そこから抜け出すことができなかった。結局、昨年6月に、メッツは稼頭央に戦力外の烙印(らくいん)を押し、年俸の大半はメッツが支払い続ける約束でロッキーズに放出してしまう。

この移籍で気分を一新した稼頭央は、広角に打ち分けるシュアなバッティングと、走塁のうまさでハードル監督のお気に入りとなり、現在はチームに不可欠な2番打者として重きをなしている。04年に期待された活躍が、3年遅れで今年実現した形になったが、苦しんだ期間が長かった分、コロラドでこれまでの努力が大きく結実するような気がしてならない。

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