後藤新弥の「おやじ冒険談」

<スポーツ&アドベンチャー!>おやじノーゲイン!!


後藤新弥さん

後藤新弥さん (1)

2008/03/17 18:48

 東京・三鷹市のICU(国際基督教大学)アメリカンフットボール部(長谷川信彦監督)の春練習に飛び入り参加した。実はおやじ、ここのOBであ る。現役 時は補欠だったことをひた隠し、偉そうな顔で登場した。けれど秒刻みのメニュー、激しい気合。ウオームアップだけで脱落しかかった。部員数たった18人な がら、昨年もあと少しで2部昇格という少数精鋭チーム。42年前とは勝手が違った。今の若者にはかなわない。

ダウン、ハット! で飛び出すはずが、いつも出遅れた。やがて周囲に「不審」感が   

気分はNFL

 スポーツ科学の実践研究で著名な比佐仁氏(59=スポーツプログラムス主宰)がチームに最新科学トレの講義をすることになり、部のOBとして案内を頼まれた。「ついでにちょっと汗を流すか」。大学時代からの軽薄さは変わらない。

 横山慎主将(3年)に防具を借りた。米軍払い下げ、ズックに革を張ったサイズの合わない昔の装備とは大違いだ。着けただけで気分はNFL、にんまりだ。

 

  ところが、メニューの密度がえらく濃い。春先というのに動きがクイックで全員の仕上がりが早い。この時期なら半分はまだもたついているはずだと軽く見てい たら、ウオームアップ30分で汗まみれ。誰も「大丈夫ですか」などと声を掛けてこなかった。クールな心遣いはうれしいが、ラインとバックスに分かれたパー ト練習に入るころには足がつって泥だらけになった。


 女子マネさんがメニューごとに「あと10秒。3秒、2、1」と、コールして、全員がぱっと動きぱっと休む。すべてをビデオで撮って練習後に確認する。少人数のチームなりにシステムを工夫したのだろうが、緊迫感に圧倒されそうだ。


 「おーれ、次はわしじゃ」。バックスの練習に分け入り、華麗なるRB役をやろうとしたが、どう頑張っても出遅れる。「この人本当にOBか」。周囲が不審な目つきに変わり始めた。

現役組18人。女子マネさん5人。昨年は3部リーグ2位だった。今季の目標は1つだ

本当は補欠…

 やばい。部創設が64年。入学したのはその2年後だった。補欠のまま翌年秋にけがをして、選手生命を閉じた。「OBだ」と威張るのは経歴詐称に近い。なめられまいと頑張ったが、動きにセンスがない。


 苦しい。もう駄目だ。用を思い出したふりをしてサイドラインへ逃避した。


 女子マネさんが寄ってきて「昨年はご寄付をどうも」と丁寧に礼を言う。美人だ。「今年も」とねだるから「お返しに、君、何かくれる?」。いかんいかん、つい仕事先でのナンパ癖が出た。マネさん、ヒャアと笑いながら逃げていった。


 サック失敗だ。


 42年前は女子マネなんていなかった。チアリーダーもいなかった。部室には皮革油とすえた汗のにおいが充満し、汚れたTシャツが床に散乱していた。それを拾って、あのころは着た。

 ビールと焼酎を混ぜて飲んだ。二日酔いで吐きながら練習し、ぶっ倒れるのも楽しかった。もう、そういうのは通用しない。


 少し寂しいが、最近の若者はすごい。脱落者もへばったふりをするひきょう者もなく、週4日、マシンのように強化メニューをこなしている。群像に自分の影を追い掛けながら、尊敬のまなざしで見た。

最新式の防具。へへ、気分はNFLだ

  欧州NFLでも活躍の堀龍太選手(27=現オンワード)が主将だった03年には2部入りを果たしている。スモールチームの奇跡だった。その時代のOBが数 人来て「まだ甘い。誇りが見えない」と厳しくしかっていた。この調子なら桜の季節までにはきっと、それが芽生えるに違いない。


 最後の 40ヤード往復リレーだった。3組に分かれて3レースした。おやじがアンカーの組は1度も勝てなかった。いつも最後で抜かれた。グラウンドならしの罰が 待っていた。組の皆に謝って一緒にトンボを引き始めたら、帰り始めた勝ち組が「先輩、いいんです、いいんです」と、手に手にトンボを持って引き返してき た。結局全員で引いた。


 こいつら、なんか温けえ。そう思ったら突然、涙が出てしまった。

苦しくなると、足しげくサイドラインへ

 ◇ICUアメリカンフットボール部アポッスルズ http://icu-apostles.com/

 ◇堀龍太ブログ! http://blogs.yahoo.co.jp/hori_nfl

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