後藤新弥の「おやじ冒険談」

<スポーツ&アドベンチャー!>こぎ戻せ!!おやじの青春


後藤新弥さん

後藤新弥さん (1)

2008/04/04 21:03

 日本で最も長い歴史を積み重ねてきたボートレース「開成高校対筑波大付属高校定期競漕大会」第80回大会が19日、埼玉県戸田市で行われる。そのOB戦の練習にかり出された。おやじも筑附の前身東京教育大学付属高校時代に「シート外し」の迷手として活躍したことがある。こぐのはそれ以来。「呼び戻した青春」はあまりに痛々しかったが、土手の桜に負けず劣らず、OB仲間の思い出話に花が咲いた。

同年輩クルー

  いきなり手が滑って、オールを水中深く突き刺してしまった。舟が揺れた。
 前をこぐ後輩の鈴木幹雄(60)が、若いせいか体が柔らかい。おやじよりさらに一段体を伸ばして水をキャッチするから合わせるのが大変なのだ。「この胴長め。少し控えろ」。1年違いでも先輩は先輩である。
 すぐに手の皮がむけ始めた。足にも豆ができた。先月は母校の大学のアメフト部春合宿に飛び入りしたが、今回はOBチームの練習だ。補欠要員で呼び出されたが、60歳前後の同年配クルーだから「年だから」という言い訳は通らない。


 出艇前、安藤頌太郎先輩(66)から訓示を受けた。「秘訣(ひけつ)は(1)頑張らない(2)無理しない(3)あきらめる。以上を守れば、力みも抜けておのずと勝機も生まれる」。至言だ。「力を合わせて1つになる」競技だからこそ、味方がライバルになる。誰のこぎが強い誰が弱いの微妙な差を、クルーは常に感じ合う。だからつい我を張って(頑張って)調和を乱す。
 ただしおやじ自身は頑張った経験が全くない。

 ☆

終了後本領?

 練習もサボり、艇も古かったため、尻をスライドさせるシートを外す「最も初歩的なミス」を繰り返した。ひんしゅくを買い、代表クルーに入れなかった。今回借りた艇は整備万全、その心配だけはなかったが、やがて腰痛が始まった。

 1000メートルの往復練習、2回目に乗った。後から加わったため、すでに勘を取り戻した他のOBについていけない。でも昔とは違う。今はもう誰もとがめてない。同情が胸に痛かった。

 終わった後は楽しかった。「おれたちのころの母校は」談義が始まった。「自分を売り込んで出世しようなんて生き方を小ばかにしたよ」「そもそも歴史、伝統をへとも思わなかったし、身分肩書に頼る大人をさげすんだ」「卒業後に誰かが国会議員になって有志が激励会を開いたら『校風に反する』と、激励会を非難する会を隣で開いた連中がいた」。
 宰相初め政財界の大物の子息も多かったから「日本はせいぜいこの程度か」と、なめてかかる癖があった。エリート意識を嫌いながらも誇りは高く、怖い物なしだった。正義感は強かったが生意気だった。

 ☆

早慶より多い

 開成高との定期戦は20年に始まり、付属の40勝39敗、今年が日本で最も多い「80回」記念大会だ。ちなみに中断の多かった東商レガッタ(1887年~)は今年60回目、早慶レガッタ(05年~)は77回目である。

 

 いろいろなことがあった。57年大会は付属側に不都合があって欠場し、不戦敗となった。無念の歴史だ。
 しかしその年に出場予定だった両校クルーらが話し合い、昨年「幻の57年定期戦」復活レースをやった。これぞ昭和のロマン。このライバル同士がまた妙に仲良くなり、レース後にエイトの「快族(開属)クラブを」結成、宮ケ瀬湖レガッタなどに出場している。

 

 ボートは「何でこんな苦しいことを」と自問自答するような競技だ。だからこそ、相手校とも友情を温め合うことができるのだ。
 酒場で母校談義に花を咲かせていると、青春が「遠い思い出」ではなくなってきた。クルーがここにいる。青春は今、ここにある。

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