冒険教授・後藤新弥の「おやじ冒険談」

<スポーツ&アドベンチャー!>クマザサと大格闘


後藤新弥さん

後藤新弥さん (1)

2008/09/05 11:58

 1歩登ってはずるずると2歩下がる。稜線(りょうせん)直下の急斜面、槍衾(やりぶすま)のように生い茂るクマザサに行く手を遮られた。御嶽山麓(さんろく)、江戸時代から通行が遮断されている飛騨(岐阜県)と木曽(長野県)の国境線を、物好きにもこの足で突破してみようと企てた。地図にないルートを歩くのだ。夏休み最後の大冒険、老いた血が騒ぐ。滝の写真家和合正さん(74=岐阜県下呂市在住)と、小坂の林道から分け入った。

木曽と飛騨を分かつ稜線部は標高1400メートル前後。凶暴なクマザサの陰に1メートル半ほどの掘割跡が続いていた(和合正撮影)

 ☆まるで槍衾地獄

 間もなく稜線だろうと急斜面を見上げるが、密生したクマザサに視界を封じられて先が読めない。上の方に小さな青い穴が見えた。空だ。希望の穴だ。あと100メートルもなさそうだ。けれどあの穴は遠い。心臓がばくついている。 「山のアナたの空遠く、か(笑い)。けど、本当に行き着けるだろか」。還暦越えの青年2人が、顔で笑って体で泣いている。トホホ、こんなにつらいとは。 奥多摩だってササぐらい生えているが、ここのクマザサは凶暴だ。茎が太く頑丈で、高さも身長をはるかに上回る。まるでNBAの選手たちに行く手をブロックされているようだ。 しかも雪が重かったのだろう、みな斜面に沿って下を向いている。槍衾。体重でササを押し倒しては半歩、1歩とよじ登るのだが、倒した茎がつるつるで、靴が滑って進まない。足場がないから1歩進んで2歩下がり、さらにまた下がる。 岐阜県下呂市の飛騨山中。小坂から入った大洞の林道終点から「地図にないルート」を登り始めて約2時間。稜線にたどり着いた時は腰からへたり込んだ。

地図にないルートの突破だ。自分の位置さえ時々分からなくなった

 ☆お上に逆らおう

 日本の中央部にでんと腰をすえているのが御嶽山である。大自然が粗っぽく残されている。特に南西部は秘境。人里と隔絶されて、木曽(長野県)と飛騨(岐阜県)の間は道もない。最近流行の王滝基点の冒険レースもここは通れない。「往来はかねて禁じられていた」。歴史にも精通している和合さんに昨年聞いた。 何、禁じられていた? お上にたてつくほど愉快なことはない! それなら2人で突破してみませんか。それが話の発端だった。 地図にないコースを探るのは挑戦的だ。何の価値もないが、一心不乱に「わが道を行く」いや「わが道を創(つく)る」興奮は冒険の根源だ。メダルも賞金もない。そこがいいのだ。 けれど、行けるのか。 地図で見つけた飛騨側の林道に入り込んだ。妙に幅広く、立派である。「森林鉄道の軌道跡や」。和合さんが言う。途中でMTBがパンクした。終点から徒歩。谷を越え、沢をよじて「国境」の尾根を目指した。そしてクマザサの軍勢と正面からぶつかった。進め冒険ジャー! 激しい戦いを、最後は雑兵が制した。

滝の写真で有名な和合翁と同行。突破したルートを「和後新道」と名付けることに

 ☆江戸時代のエコ

 尾根もクマザサに覆われていたが、東側は長野県。少し下れば三浦貯水池へ続く木曽森林鉄道跡の道である。国境突破、感無量だ。 ひと息ついて飯にした時、和合さんが叫んだ。「おお、これや。これが掘割の跡や」。辺りを見直すと、クマザサに隠れながらも、稜線には幅1メートル半ほどの道のようなスペースが東西に続いている。
 和合さんの話 大正から昭和にかけて木曽一帯の木は無残に切り出されてしまったが、江戸時代は尾張藩が早くから森林の保護に力を入れていた。環境への意識が強かった。一方飛騨側は天領で、役人の目が厳しかった。副業の木工細工の材を求めて、こっそりとこの辺りに入ってくる者もいた。対抗意識もあったのだろうが、尾張藩では享保年間(1716~)鞍掛峠から上俵山にかけての国境稜線に掘割と計9基の土塚を築いて侵入を防いだと郷土史にある。
 これがその名残、大発見だ。尾張藩だって木曽の木を大量に売りたかったに違いない。それを自制してヒノキを守った。掘割は江戸時代のエコの象徴である。

急ながけも上りは夢中だったが、帰りはロープがないと下れなかった

 ☆帰りはロープ必要

 飛騨側への帰りはロープが必要だった。沢は後ろ向きでないと危なくて降りることができなかった。「よくこんなところを登ってきましたねえ」「そやなあ。ちゃんとした人はこんな所へ来んでのう」。  笑い声が谷に響いた。ヒグラシが一瞬鳴きやんだ。静けさが、涼しかった。秋がすぐそこだった。

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