冒険教授・後藤新弥の「おやじ冒険談」

<スポーツ&アドベンチャー!>生き残ったハセツネ精神


後藤新弥さん

後藤新弥さん (1)

2008/10/17 12:28

 参加者が互いに支え合う姿が感動的だった。トレールランニングの草分けイベント「長谷川恒男CUP 日本山岳耐久レース」第16回大会が12、13日、東京都奥多摩山域で行われた。昨年事故があり、一時は存続が危ぶまれたが、画期的な「選手マーシャル」システムの導入などで相互の安全意識を推進、参加者全員でレースの伝統を守りきった。男女とも10分以上大会記録を更新する、新しい時代の幕開けともなった。

鞘口峠で声を掛けると「まだまだこれから」と余裕の笑顔を見せた山本。この時点では3位だった(撮影・後藤新弥)

☆山本先生初V

 あきる野市五日市中グラウンドを12日午後1時にスタートした71・5キロ周回コースの競技は、04年優勝の横山峰弘(39)が序盤からリード。昨年は足の故障で活動できなかった悔しさを振り払うように潔く飛ばした。これを23キロ地点では10分近くも後方にいた05年勝者の鏑木毅(39)が急追、後半は日本を代表するこの2人の争いかと思われた。
 ところが山梨県韮崎工業高校教員の山本健一(28)が終始マイペースでぐんぐんと順位を上げた。中間付近、日没を迎えた鞘口峠では余裕たっぷりの表情で3位。「楽しそうですね」と、写真を撮りながらこのおやじが声を掛けると、振り返って「走るの好きだから。まだまだ、これから」と笑って答えてくれた。
 情勢はそこから一変。山本は58キロ地点の最終チェックで首位、下りで一気にスパートした。大会記録を13分08秒も更新する7時間39分16秒をマーク、4度目の参加で初優勝を飾った。
 少年時代から韮崎周辺の南アルプスを走り回っていた。「勝つ自信はなかったが、下りは得意なので、もう絶対に負けないぞと」。前日まで高校では運動会。疲労が残っていたはずだが、言い訳にしなかった。

大会初代王者の田中正人も背中にマークを付けた選手マーシャルとして参加

☆会場が沸いた

 5分後、激しく競り合った鏑木と横山が7時間44分55秒で帰ってきた。会場がどっと沸いた。なんというドラマだ。2人は手を取り合っている。「相手がどんなに苦しいか、互いに分かりすぎていた」(鏑木)。
 05年大会のデッドヒート以来、2人は常にトップのライバルで、しかも技術を研究し合ってきた仲だ。力を出し切っての同着(記録上は鏑木は2位)。美しい物を見た。いつまでも、拍手が響いていた。
 新記録も、ベテランたちがレースを抑えず、全力挑戦したからこそだった。

☆安全リーダー

 昨年、初めての死亡事故が発生した。急成長したトレールランニングブームの安直な側面も問題になった。山を走るのとマラソンは全く違うのだ。レースの存続が危うかった。しかし遺族からの強い要望もあり、都岳連は継続を決意した。
 「自力で完走」を目指す大会の根源精神をもっとアピールしようと、東京ハセツネクラブも発足した。
 「危険個所にロープを張るなどの対策だけでなく、クマや野犬といった危険も細かに見直した。参加者自身が安全リーダーとして走る選手マーシャルを50人公募。月1回、半年間の講習会を開いて、養成した」(宮地由文実行委員長)。
 ゴルフのエチケットリーダーにも相当する任務だが、安全管理の責任は重い。午前1時、バッグに十文字のマークを付けた、選手マーシャル最初のランナーが帰ってきた。参加3度目の亀山元一(40)。昨年よりタイムが少し落ちたが、充実した笑顔。「昨年の事故がとても悲しかった。自分にも何かできることがあるはずだという思いで応募した。今日は途中でリタイアする人に道案内をしたり、けがした人の誘導を補助した」。バッグには救助ロープが詰め込まれていた。

優勝の山本(中央)と同タイムでゴールした鏑木(左)と横山(右)

☆完走率は8割

 深夜、1度ゴールした後「最後の曲がり角でゼリーの小袋を振り落としたらしい。ゴミ捨ては恥、失格だ」と、暗闇の中へ駆け戻る選手がいた。人それぞれの、ハセツネ精神。目に見えない絆(きずな)で、参加者は結ばれていた。完走1744人、完走率は前年を3%上回る79%に達した。

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