acueの日記

日本プロ野球史上初のトリプルスリー /野球


2007/07/15 00:05

岩本義行のウィキペディアを見て、“んっ?”と思った箇所がある。それは下記の件だ。

>水爆打線と呼ばれた史上屈指の強力打線を構成、史上初のトリプルスリー(打率.319・39本塁打・34盗塁)を達成して・・・

史上初だったかなぁ?

この年、1950年は岩本のほかにパ・リーグの別当薫(毎日)もトリプルスリー(打率.335・43本塁打・34盗塁)を記録している。

厳密に言えば、どっちが先なんだろうね。別当薫のウィキペディアはどのような件で書いてあるのかな?と思い、調べてみた。こんなコメントだった。

>同年の岩本義行(松竹)と共にプロ野球最初の「3割・30本・30盗塁」を達成している。

両方とも最初のというニュアンスがあるなぁ。ここからは各人の見解の差が出てくると思うので、あくまで私の見解で書いていきたい。


まずはどちらが、プロ野球史上初の『シーズン30本塁打-30盗塁』を記録したか。両者ともにこの年34盗塁を記録。比較的シーズン終盤に30盗塁到達をしていると見るべきだろう。

さてさて、本塁打に目を向けると、9月30日現在では両選手30本塁打を越えている。同日時点で別当37本塁打、岩本30本塁打である。

では盗塁は・・・、別当が30盗塁に到達したのは10月1日、岩本が10月26日。史上初の『シーズン30本塁打-30盗塁』は別当が記録していた。

最後に打率だ。別当の打率に対し、岩本の方が低く、シーズン閉幕日で見ても別当の方が先に終わっているので、史上初のトリプルスリーが別当と言えるのではないだろうか。だが、打率3割を確保したのがいつかを書かないと、説得力に欠くのは確かである。

まずは岩本。10月7日時点で打率は.299。残り試合は24試合もあり、まだ打率3割確定とはいかない。次の試合で打率3割に乗せたが、それでも打率.303である。

ここで一つ打率3割確定についての定義を。残り試合数に4打数を掛けて、それが全部アウトになっても3割を確保できた場合に、3割確定としてみる。

この定義で行くと、岩本は11月7日だ。この時点で打率は.313、531打数167安打、残り試合は5試合である。残り5試合4打数平均として20打数。この20打数が全部アウトになっても打率は.303だ。岩本の打率3割確定日は11月7日。これにより岩本のトリプルスリー確保は11月7日である。この前の試合だと打率.299となる。

別当はどうか。別当の3割確定は10月28日。この時点で打率.325、440打数143安打、残り試合は9試合であった。やはり別当が先、と言える

もっとも両選手が30本塁打30盗塁を決め、その後3割を超えていた時点で不出場やケガによりトリプルスリーが決まっているかもしれない、というケースもありうるが、今回幸いにも両選手がシーズン最後まで出場していたので良かった。

一応、日本プロ野球史上初のトリプルスリーは別当薫、第2号は岩本義行と私の中では結論づけたい。

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コメント (2)

しんすいさん

しんすいさん (12)

2007/07/15 10:02

当時は記録狙いの欠場とかあったんですかね?

acueさん

acueさん (20)

2007/07/15 11:58

>しんすいさん
コメント。ありがとうございます。
いやぁ、どうなんですかね~。
調べてみたいテーマではあります。
オフネタという事に。



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