acueの日記

今日が誕生日 /野球


2008/02/19 23:05

2月19日生まれの現役実働選手は坪井智哉(日本ハム)がいる。

2月19日生まれの選手が初めて一軍実働したのは1936年。
1936年第1回日本職業野球連盟大阪大会の4月29日、高橋吉雄(名古屋)が4番遊撃手で先発出場し、4打数1安打の成績を残した。

<2月19日生まれの選手(実働選手)>
1908年高橋吉雄 【249試合・866打数203安打・13本塁打・106打点・29盗塁】
1914年内海五十雄 【20試合・23打数1安打・0本塁打・3打点・0盗塁】
1919年児玉利一 【868試合・2811打数781安打・51本塁打・352打点・1盗塁】
1925年大友工司 【294登板・130勝57敗・1591回2/3・1183被安打・374自責点】
1930年島田雄三 【625試合・2162打数491安打・19本塁打・126打点・3盗塁】
1935年関口一郎 【30登板・0勝5敗・71回1/3・80被安打・41自責点】
1935年難波昭二郎【179試合・255打数54安打・7本塁打・25打点・5盗塁】
1940年淡河 弘 【13試合・13打数4安打・0本塁打・3打点・6盗塁】
1943年G.ホプキンス 【360試合・1318打数372安打・69本塁打・229打点・7盗塁】
1964年月山栄珠 【14試合・16打数2安打・0本塁打・1打点・8盗塁】
1968年小浜裕一 【8登板・0勝0敗1S・11回・19被安打・10自責点】
1970年松本 隆 【9試合・6打数0安打・0本塁打・0打点・10盗塁】
1974年坪井智哉 【887試合・3067打数906安打・32本塁打・239打点・11盗塁】

今日は大友工司でいきましょう。
読売時代の大友工としての方がなじみが深いかもしれませんね・
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入団2年目の1950年にプロ入り初勝利を挙げ、主戦投手の仲間入りをする。1952年には松竹ロビンスを相手にノーヒットノーラン達成するなど、17勝を挙げ、以後別所毅彦とともに巨人のエースとして活躍した。
プロ入り後に横手投げに転向しているが、これは意図的な転向ではなく、変化球の威力を増すためでもなかったという点が変わっている。実際には、直球の球威を増そうとして、投球時のステップを出来るだけ広げようとした結果、自然に身体が右へ傾くようになり、サイドスローになったのだという。本人によれば、「身体を傾けて上から投げている感じだった」
170cmあるかないかの小柄で、しかも横手投げでありながら、当時の球界を代表する速球投手でもあり、その剛速球と、右打者の外角へ鋭く曲がり、かつ伸びるスライダーを武器に活躍している。日本のプロ野球史上、直球のみで打者を牛耳ることの出来た横手投げ・下手投げ投手はほんの4、5人しかいないが、大友はその1人であった。
チーム創成期の広島カープに滅法相性がよく、18連勝の後1敗を挟んでさらに12連勝、7年間で41勝3敗、防御率0.93の記録が残っている。
-------------------以上Wikiより引用

大友の初登板は1950年3月15日の対西日本戦。
先発を任されたが、2回2失点のデビューであった。

1950年3月15日(八幡桃園)
巨人 010 010 001 3
西日 021 001 02X 6
勝利-重松(1勝)
敗戦-大友(1敗)

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コメント (2)

しんすいさん

しんすいさん (13)

2008/02/20 21:30

虎党時代は坪井の大ファンでした。彼はこれからもまだまだやれる選手だと思うので頑張って欲しいです。

acueさん

acueさん (20)

2008/02/20 23:37

to しんすいさん

こんばんは。
坪井ファンでしたか!
ルーキーの時は末恐ろしさを感じましたね~。
まだまだやれますよ!



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