秋山正則の日記

<自力で燃え尽きるまで>北村哲郎 /競輪・競艇


2008/05/20 19:53

 北村哲郎(42歳・熊本・55期・A級2班)【生涯先行】
 記者が競輪担当でデビューした21年前、北村哲郎は花形の先行選手だった。GⅠ戦線で中野浩一、井上茂徳、佐々木昭彦ら、九州トップクラスの先導役を務めていた。「当時、自分が勝つことなんか全然考えていなかった。人気を背負う後ろの選手を勝たせるのが自分の役目でした。もちろん残してもらえることもあったから、やりがいもありました」。今の時代では考えられないが、そんな立場でも何の疑問も持っていなかった。むしろ違う意味での責任感とともに、誇りでもあった。
 最近10年ぶりに会うことができた。懐かしそうな笑顔をこちらに向けてくれた。あれからいろいろなことがあったそうだ。デビュー7年目に誘導を手伝ってくれた父が逝去、街道練習中での交通事故。全身打撲に肋骨を骨折した。それ以来、体のバランスが崩れ腰痛が持病となりA級に陥落した。
 再度S級トップクラスに返り咲くことなく気が付けば23年が経過していた。「ある程度年が来たら脚質転換して追い込みに変わるんですけどね。僕は不器用だから、それができなかった。若い選手の番手を回ることがあっても、僕が競りのセンスがないのを知ってるから、大抵競りにきますよ」。だが別に表情を曇らせることがないのが救いだった。「だからこそ、自力にこだわり続ける自分がいるんです。自力選手というのは練習でやってることが直結しますからね。テクのあるマーク選手は流れでいろんな対処ができるけど、自力はごまかしが利かない。自分の責任で結果を出さなくちゃいけない」。
 だがメンバー構成によってはラインの若い選手に任せないこともある。「いくら若くても中途半端な自在タイプだったら、自分が前に回って自力で戦った方が納得できますからね」。この辺がやはり生粋の自力屋だ。
 ただ40を超えた今、いつの間にかマンネリになっている自分にはたと気づくときがある。「今までにやってないことを何かしたい」。同県の同級生でもあり親交のある西川親幸はまだトップに君臨する存在だ。その西川にアドバイスを受けて、近所のジムでウエートを始めた。腰痛で無理な練習ができないから、ウエートトレによって、それを補える効果があるかも知れないからだ。「結果はまだ出てないけど、3カ月後が楽しみなんですよ」。
 あと何年この仕事ができるか分からない。そのために悔いのない練習とレースをして、この世界に未練がないようにやっていきたいという。「常にレースで自分を出し切ること。これが僕のテーマです。不器用な分、選択肢がないから迷うことはないですよ」と快活に笑った。だが、その笑いの中には競輪という人生を背負ってきた男の哀愁も感じた。九州の巨頭のために陰の立役者を演じた男の散り際を、寂しいものにしたくないのは記者だけじゃないだろう。

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