或る野球観察人の、記録。

予定変更。 /野球


2009/11/03 17:50

当初の予定では。

島田球団社長 オーナー 記者会見(2009/11/02付:東北楽天ゴールデンイーグルス・オフィシャルサイト)
> 来季の監督については、先日、ブラウン監督(前広島東洋カープ監督)に就任のオファーをいたしました。ブラウン氏からは、基本的に監督就任の了解をいただいております。来週には来日して、最終的な契約書にサインする運びになります。

いよいよ、
「パリーグ所属である、楽天野球団」
が、
「セリーグ所属である、広島東洋カープ前監督、マーティ・ブラウン氏を招聘する」
のが本決まりになったようなので。

クビにした、コーチ陣(来季のコーチ契約について(2009/10/26付:東北楽天ゴールデンイーグルス・オフィシャルサイト))。

その代わりとして招聘する、コーチ陣(新任コーチについて(2009/11/02付:東北楽天ゴールデンイーグルス・オフィシャルサイト))。

上記の方々の経歴を比較しながら、先日下記のように書いた意図を詳述し。
2009-10-22付記事:昨日の、試合とか。
> 銀将なら銀将と墨書されているし、ナイトならナイトの形をしているが、野球選手の背中には前述したような各種能力が箇条書きにされているわけではない。
>
> 楽天野球団が、
> 「野村一派を、一掃する」
> それも大変結構な話だが、代わりにつれてきた監督・コーチがイーグルスの各選手の能力を全くと言っていいほど理解していないならば、当然最下位もあるだろう。
> #野村監督も、最初はそれでかなり苦労していた(2006-04-29付記事:2006/04/29,30 対北海道日本ハム@フルスタ宮城
>
>
> 手駒の振り方を知らないプレイヤーに負けるほど、パリーグの他の5球団はバカではない。
> #この点、オリックスのコーチ人事にも注目

#あの時フルスタで話したおじさんは、今季のイーグルスの優勝争いをとても喜んだに違いない(2006-04-29付記事:2006/04/29,30 対北海道日本ハム@フルスタ宮城




更に。
一部(大部分?)の楽天ファンの間で、
「ノムさんが居なくなるのはきついが、義則コーチがいれば投手陣の方は大丈夫!」
投手陣の救世主的扱いを受けている佐藤義則ピッチングコーチについては((監督・コーチ一覧 | 東北楽天ゴールデンイーグルス))。


野村克也 - Wikipedia
> 生年月日 1935年6月29日(74歳)

佐藤義則 - Wikipedia
> 生年月日 1954年9月11日(55歳)

#佐藤氏が、19歳年下



トレイ・ヒルマン - Wikipedia
> 生年月日 1963年1月4日(46歳)

佐藤義則 - Wikipedia
> 生年月日 1954年9月11日(55歳)

#佐藤氏が、9歳年上



初志貫徹のコーチ解任劇/日本ハム連載(07年11月13日付:ニッカン)
>  球団フロントは初志貫徹で断行した。チームにとっての影響度だけを物差しにし、動いた。情も、旧態然とした球界の「結果がすべて」という常識も捨てた。優勝しながら今オフ退任した、あるコーチ。若手を育成し、担当部門の実績は残した。その半面、マイナス要素もあった。
>
>  象徴的な出来事がある。シーズン中のヒルマン監督を主体としたミーティング。ノートパソコン(PC)を開き、各自でスケジュール等をチェックしながら、今後の方向性を決めていた。しかしそのコーチの画面には、なぜかトランプ。PCに内蔵してあるゲームに興じていたのだ。
>
>  ヒルマン監督を軽視するような明らかな「職務怠慢」。その場に居合わせたほぼ全員が知っていながら、何も言えない雰囲気があった。スケジュール管理もずさんで、選手へ伝達しないこともあった。出場予定を知らないまま当日を迎え、驚く選手もいたという。ベンチで、あろうことか居眠りしていたこともあったという。問題行動が目立つようになった。
>
>  もちろん半面、そのコーチには指導力、選手への求心力はあった。一部選手からは、その姿勢に不満も出ていた。球団フロントは、今後向かうチームの方向性、和を乱しかねない「リスク」の方を重視した。シーズン途中の段階で、今季限りで解任する方向性を打ち出していた。

#高山さんの署名記事、いつも興味深く拝見しております



マーティ・ブラウン - Wikipedia
> 生年月日 1963年1月23日(46歳)

佐藤義則 - Wikipedia
> 生年月日 1954年9月11日(55歳)

#佐藤氏が、9歳年上

球界の大先輩の下で勤勉に働くことから、再びまた年下の外国人監督の横でトランプに興じたり、居眠りしたりする季節がやってきたことを、告げようかとも思ったのだが。





三村さんの訃報に接し。
今日は、やめておくことにした(2009-11-03付記事:東北楽天ゴールデンイーグルスの編成部長、三村敏之氏が死去。)。





相手に憎まれ口を、叩けるのは。
相手が元気で、あればこそ。

今日は静かに、日本シリーズを観ようと思う。



島田球団社長 オーナー 記者会見(2009/11/02付:東北楽天ゴールデンイーグルス・オフィシャルサイト)
> 今季全日程終了を受け、本日、島田球団社長 オーナーが記者会見を行いました。
> 以下、概略をお伝えいたします。
>
> 島田亨球団社長 オーナー
> このたび、野村監督との契約について、今期をもって満了とさせて頂くことになりましたので、ここに改めてご報告をさせて頂きます。
> また、野村監督の功績を称え来季より「楽天野球団 名誉監督」としてのご就任を要請させていただき、概ねご承諾いただける方向とのご返事を頂いております。
>
>
> 楽天野球団は、2005年度のプロ野球参入初年度に圧倒的な最下位という結果となりました。
> 2戦目には対ロッテ戦で0対26という歴史的な大敗を喫し、エクスパンションドラフトの実施されなかったチームの圧倒的な弱さを実感いたしました。
> それを受けて我々が目標設定したのは、「強いチーム」をいきなり目指すのではなく、プロ野球として戦える「基礎力」をつけることでした。
> その方針の下、2年目からは「人と組織作り」において球界屈指の経験と実績をお持ちの野村監督にチームの基礎作りをお願いいたしました。
> 説明申し上げるまでもないですが、野村監督の下、チームには「考える野球」が浸透し、一人ひとりが着実に成長をし、掲げていたCS進出という目標を球団創立5年目にして、ついに実現することができました。
> あらためて、チームをここまで育てていただいた野村監督に敬意を表するとともに、感謝を申し上げたいと思います。
>
>
> 来季以降は、チームの5年後を見据えて、選手一人ひとりが自走するチームを目指し、新たな体制にて臨んでいきたいと考えています。
> 卓越した指導力と、長年に渡る多大な経験・実績を基に、若い未熟なチームをここまで育てて頂いた野村監督の功績は、これからも続くチームの歴史から永遠に消えることなく、チームの祖として称えられ続けることと思います。
> 冒頭に申し上げましたが、野村監督には「名誉監督」として球団の相談役とでも言うべきお立場に立っていただき、引き続きこのチームに対して大所高所からご意見を戴けることを切に希望しております。
>
>
> 来季の監督については、先日、ブラウン監督(前広島東洋カープ監督)に就任のオファーをいたしました。ブラウン氏からは、基本的に監督就任の了解をいただいております。来週には来日して、最終的な契約書にサインする運びになります。
> これを受けて、ご本人同席の上、正式発表の場を設けたいと思っています。
> その後、ブラウン監督には秋季キャンプの指揮を取っていただく予定です。
> 野村監督の唱える合理的な、「考える野球」は、メジャー流の野球の考え方を大胆に日本流にアレンジされた要素が強いと思い、その意味からも、野村監督がチームに残された合理的な野球を継承し、ブラウン監督には、その土台の上にチームへ新しい血を導入していただけると考えています。
> 特に広島カープの監督として、主力選手が流失する中、若い選手を発掘、育成し、チームを常に活性化された、その手腕を楽天イーグルスでも存分に発揮していただきたいと期待しています。
>
>
> ファンの皆様には、ご報告が大変遅れてしまい、申し訳なく存じます。今後も、何卒ご理解を賜り、引き続き楽天イーグルスへご声援を賜りますようお願いを申し上げます。


新任コーチについて(2009/11/02付:東北楽天ゴールデンイーグルス・オフィシャルサイト)
> 株式会社楽天野球団は、新たに下記の各コーチが就任することとなりましたので、お知らせします。
> 役職 氏名
> 1軍ヘッドコーチ J・リブジー
> 1軍打撃コーチ 古屋 英夫
> 1軍打撃コーチ 安部 理
> 1軍内野守備走塁コーチ 福原 峰夫
> 1軍外野守備走塁コーチ 本西 厚博
> 1軍投手コーチ(ブルペン担当) 森山 良二
> 2軍育成コーチ(打撃担当) 礒部 公一
> 尚、リブジーヘッドコーチは11月12日から、他のコーチは11月3日から秋季キャンプに参加予定です。


来季のコーチ契約について(2009/10/26付:東北楽天ゴールデンイーグルス・オフィシャルサイト)
> 本日、以下のコーチへ、2010年シーズンのコーチ契約を行わない旨を伝えましたのでお知らせいたします。
> 氏名 役職 背番号
> 橋上秀樹 ヘッドコーチ 78
> 池山隆寛 1軍打撃コーチ 77
> 関川浩一 1軍打撃コーチ補佐 81
> 杉山賢人 1軍投手コーチ 76
> 西俊児 1軍内野守備走塁コーチ 80
> 佐竹学 1軍外野守備走塁コーチ 75
> 松井優典 2軍監督 87
> 芹澤裕二 2軍バッテリーコーチ 90


初志貫徹のコーチ解任劇/日本ハム連載(07年11月13日付:ニッカン)
> <連載・日本ハム新体制発足の舞台裏(上)>
>  激動のオフの中で、日本ハム梨田昌孝新監督(54)がリーグ3連覇、日本一奪回へ向け船出した。新体制は、顔触れがガラリと一新された。球団史上初の連覇を果たしながら、コーチ陣を刷新。相次ぐコーチの退任、辞任劇。異例の事態はなぜ起きたのか。今や球界のモデルケースとまで言われる球団運営、チームづくりの強い決意が表れた今オフの人事だった。物議を醸したその裏に「真相」があった。
>
>  球団フロントは初志貫徹で断行した。チームにとっての影響度だけを物差しにし、動いた。情も、旧態然とした球界の「結果がすべて」という常識も捨てた。優勝しながら今オフ退任した、あるコーチ。若手を育成し、担当部門の実績は残した。その半面、マイナス要素もあった。
>
>  象徴的な出来事がある。シーズン中のヒルマン監督を主体としたミーティング。ノートパソコン(PC)を開き、各自でスケジュール等をチェックしながら、今後の方向性を決めていた。しかしそのコーチの画面には、なぜかトランプ。PCに内蔵してあるゲームに興じていたのだ。
>
>  ヒルマン監督を軽視するような明らかな「職務怠慢」。その場に居合わせたほぼ全員が知っていながら、何も言えない雰囲気があった。スケジュール管理もずさんで、選手へ伝達しないこともあった。出場予定を知らないまま当日を迎え、驚く選手もいたという。ベンチで、あろうことか居眠りしていたこともあったという。問題行動が目立つようになった。
>
>  もちろん半面、そのコーチには指導力、選手への求心力はあった。一部選手からは、その姿勢に不満も出ていた。球団フロントは、今後向かうチームの方向性、和を乱しかねない「リスク」の方を重視した。シーズン途中の段階で、今季限りで解任する方向性を打ち出していた。
>
>  04年の本拠地移転以降、急速に、大胆にさまざまなポストの人事、刷新を行ってきた。組閣に関して言えば、実績あるコーチを迎え入れた。その代わりにOBの生え抜き指導者が、チームを去っていった。その「当事者」になった個人は非情と受け取るだろう。今季、日本一こそ逃したが、球団史上初のパ・リーグ連覇は果たした。一部で優勝コーチ解任に不快感を示した選手もいたのも事実だ。
>
>  そんな内部からだけではなく、外部からも賛否両論で意見が割れた。批判の嵐が、球団フロントを襲った。今季の好結果には流されることなく、断固として意志を貫いた。さらに上を目指す球団は必要ではないと判断。梨田監督を頂点とした新しい体制へ、移行させた。【日本ハム担当・高山通史】
>
>  ※日本ハムを5シーズン率いたヒルマン監督の辞任、梨田新体制誕生までの球団側の舞台裏を2回にわたり紹介する。
> [2007年11月13日9時17分 紙面から]


「優勝」は後付の結果論/日本ハム連載(07年11月14日付:ニッカン)
> <連載・日本ハム新体制発足の舞台裏(下)>
>  真実は、さまざまな現象が幾重にも重なり、隠れてしまった。編成トップの島田利正チーム統轄本部長は「ねじれに、ねじれてしまった」と今回の事態を表現した。
>
>  トレイ・ヒルマン監督がシーズン途中の9月8日に退団を発表。終わってみれば、パ・リーグを連覇した監督が辞任というまれなケースになった。だが、ヒルマン監督は8月8日には大社オーナーをはじめ、球団サイドへ固い辞意を伝えていた。フロントはその時点で、来季へ向けて動きだしていた。
>
>  日本シリーズ進出による「タイムラグ」が、混迷に拍車をかけた。シリーズ終了は11月1日。約3カ月間もの時間があった。
>
>  球団側はシリーズ終了翌日に佐藤投手コーチと淡口コーチを解任し、退団が決定的な白井ヘッド兼内野守備コーチにファームディレクターへの配置転換を伝えた。ヒルマン監督辞任を受け、時間をかけて出した結論。解任されたコーチや選手サイドの球団批判には「優勝したのに…」という含みがあったが、「優勝」の2文字は後付けの“結果論”でしかなかった。
>
>  ヒルマン監督が米ロイヤルズ監督就任を決めたタイミングも非難の対象になった。解任時に苦言を呈した佐藤コーチらチーム内だけでなく、ファンや評論家ら球界の識者からも同様の声があった。シリーズ直前の米帰国。日米球界の構造、文化の違いを考慮した球団も、容認はしたが、良しとしたわけではない。同監督は、この2年間の快進撃の最大の「功労者」。考えを尊重し、不問とした側面があった。
>
>  日本ハムは本拠地移転以降、急速な球団内人事を行い、組織を改善してきた。今回はコーチ人事がクローズアップされたが、これまでも長年現場に携わった何人もの人が、球団側と目標軸がズレて、チームを去っている。編成トップにスカウト、またはベテラン選手…。球団に、この方針に対する迷いはない。このオフには生え抜きの前エース金村を、阪神へ交換トレードで放出した。
>
>  来季以降のステップアップを見据えた梨田新体制が、沖縄キャンプで動きだしている。派閥人事、優勝スタッフ残留などの日本球界の既成概念、慣例を壊す陣容となった。再出発へ「激動の秋」は必要不可欠だった。【日本ハム担当・高山通史】(おわり)
> [2007年11月14日9時15分 紙面から]


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