破滅型ギャンブル記者のナルシスト宣言

伝説・松本整1 完全版 /競輪・競艇


2008/10/18 16:23

 15日から連載が始まった「伝説・松本整」は現在4回分まで掲載された。21日から後半の5回分が掲載される。
 4回分を読み逃している読者や全国の競輪ファンに向けて、この日記上でも掲載して行こうと思う。そのまま同じモノを載せるのも味気ないので、載せられなかったエピソードも含めて、後記のようなものも載せていきたいと思う。

 まずは第1回。この第1回が一番苦労した。最後の最後まで松本さん本人と議論に議論を重ねた。初稿では、あまりにも日競選との確執の下りと引退との相関関係を書き過ぎていて、「そんなチンケな理由で引退を決めたのではない」と主張された。そして日競選とのやりとりも表向きの抗争とは別の権謀や高度な駆け引き、隠された苦闘があることを聞かされ、僕の薄っぺらい原稿の底を最初の原稿からして見透かされたようで、落ち込んだ。もちろん松本さんの引退が、安易な日競選への怒りだけではないのは、取材した僕が一番わかっているつもりだったが、1回目のイメージを早々と固めてしまい、それに拘泥してしまいなぞってしまった感は強い。衝撃の引退=確執の松本さん曰く「劇画チックでプロレス的な考え方」にとりつかれてしまった記者の愚かさを思い知らされた。深く反省している。それでも何とか書き直して脱稿させてくれた松本さんに捧げる第1回目である。
 それでも気持ちは一つだった。人間・松本整の類い希なる勝負哲学、そして競輪というスポーツの過酷さと尊さを描きたいというテーマは貫いたつもりである。




 自転車を介して人力だけで出しうる極限のスピードで、鍛え上げられた肉体をぶつけ合いながら死力を尽くしてゴールを駆け抜ける。そんな過酷なプロスポーツ『競輪』の世界で、前人未踏の40歳を超えて頂点(GⅠ制覇)に3回も立った男がいる。それが〝輪界の鉄人〟松本整(49)だ。松本は、04年6月、自らが持つGⅠ最年長優勝記録を45歳で更新する「高松宮記念杯」制覇を成し遂げ、その直後に引退に及んだ。松本の破天荒な生きざまと孤高の勝負哲学に迫ってみたい。

 衝撃の記者会見だった。「有限な人生を考えた時に、僕にとって命を懸けて戦ってきた競輪界では日本一を争えない状況を考えて引退します」とプレハブの共同記者会場で、松本がマイクを通じて語り始めると「ええっ~」と集まった競輪担当記者から悲鳴にも似た言葉が漏れた。後ろの席でみていた同郷の選手からは「ウソやろ」といううめきや、すすり泣く声も聞こえてきた。
 04年6月8日。びわこ競輪場の11Rで「GⅠ高松宮記念杯」の決勝戦が行われた。レースは、松本の後輩・村上義弘が主導権を奪い、そのまま残り1周で全開スパート。無風でその後ろに続いた松本が、直線でその村上を一気に抜き去り優勝。ウイニングランを終えた松本は、その村上とがっちり抱き合い「おれもしぶといわ」と叫び、喜びを分かち合った。表彰式では、45歳でのGⅠ最年長優勝記録を祝うファンの温かい拍手を受けて涙をぬぐっていた。
 しかし、優勝者による共同記者会見でまさかの引退発表に、祝福ムードは一転して凍り付いた。
 松本整 引退は勝っても、負けてもこの開催と決めていた。でもこのことは練習仲間の誰にも伝えてなかったし、家族や、(選手生活を通じて師事した)中野浩一さん(日刊スポーツ評論家、JKA特別顧問)にもこの大会の直前に話しただけだった。
 松本が日本一を争えないと判断した状況は、前年の03年から端を発していた。納得のいかない失格の判定。それに対するあっせん停止処分とは別に、日本競輪選手会(日競選)が科した翌年の自粛欠場勧告には「二重制裁に当たる」と猛反発した。制度上はさらに7月から7カ月の自粛欠場を余儀なくされ、戦う場を奪われた。
 松本整 引退を決めたのは03年の12月。日本一を争うS級からA級への降格が決まった時に決意した。家族を犠牲にしてまで命を張って頂点を目指してきたのにそれを争える場がないのなら、そこに留まっている意味を見出せなかった。
 松本はこの大会に秘めたる思いをすべて懸けた。4、5月の自粛中の2カ月の練習は共にもがいた村上義弘が「何か精神的に追い込まれているような鬼気迫るものを感じた」と話すほど厳しいものだった。
 ゴール後には、天にむかって突き上げるように2度、3度とこぶしを上げた。
 松本整 おれって本当に運があるなと思った。最後にしようと決めた大会で勝てるんだから。同時に神様はどこかで見てくれているんだなとも思った。
 この優勝~引退は物心ついた時から自分が納得できないことには従わないという反骨精神のすべてが凝縮されていた。
  (つづく=敬称略)
      【神田成史】
 ◆松本整(まつもと・ひとし)1959年(昭34)5月20日、京都府京都市生まれの49歳。80年4月、競輪学校45期生としてデビュー。GⅠタイトルは92年のオールスター、02年の寛仁親王牌とオールスター、04年の高松宮記念杯。生涯獲得賞金は11億6796万4588円。現在、スポーツクラブ「クラブコング」の経営とともにスポーツ科学トレーニングの研究者、スポーツトレーナーやトレーニング機材の開発など多方面で活躍中。昨年10月から日本競輪学校特別講師も務める。
 ◆競輪とは 自転車競技法という特別法に基づき指定された自治体が自転車競走を開催。この結果を賭けの対象として車券を販売する公営競技の一つ。1948年(昭23)に小倉競輪場で初めて開催された。現在全国で48場で開催。主に1周400㍍(他に333、335、500㍍)を5周(約2000㍍)する競走が主な形態。ピストと呼ばれる専用の競技用自転車を使用する。クラスはS・Aの2級に分かれ、GⅠはS級最高峰の戦い。その年のベスト9を集め、年末には賞金1億円を懸けてグランプリが行われる。







 



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