rollingstoneの日記

幕張改革進行中!川崎球場を忘れないで・・ /野球


2008/01/27 20:10

今日ちょっとした用があって幕張に行きましたが、マリーンズは見事に浸透してますね。駅前ロッカーの幕張改革進行中!と、ロッテリアの看板に書かれたマリーンズ選手のサイン。そしてマリーンズショップのウィンドウに飾られた背番号6ミスターロッテの勇姿。川崎時代を知っている私にしてみればうらやましい限りです。

私は東京都大田区は南六郷の生まれで、六郷橋を渡れば川崎はすぐそこ。一番最初の野球観戦の記憶は父親におぶってもらって六郷橋を渡り、テレビじゃみれない川崎劇場でした。そのときは3歳だったかな?有藤落合村田がいたころでした。休日だったので結構お客さんは入っていました。
しかしやっぱり流しそうめんの川崎球場。オリオンズは観客動員をあきらめ、ギャンブルの街をあとにしました。私たち家族も六郷から現在の某所に移住しました。
今考えると、幕張移転は大博打だと思います。例えばギャンブルの街川崎の荒っぽいファンに支えられたオリオンズが、新興住宅地住民の多いの幕張にウケるのか、風が強く寒い日が多いのにファンがついてこれるのか。オリオンズの不人気を象徴するのが90年ドラフトで小池という超人気ピッチャーがいて、彼が「ロッテだけには行きたくない」と言放ったのでした。そんな小池を指名し見事に交渉権を得て、やっぱり拒否されたのでした。

私の記憶では、移転当初はやっぱり不人気だったと思います。理由は単純でまだ弱かったから。でもバレンタイン監督が来てからかなり変わりましたね。そのバレンタイン監督で一度2位になって、一度解雇した後再任し日本一に。今では熱烈ファンの多いパ・リーグで1~2を争う人気球団になりました。
マリーンズがここまでの人気球団になり得たのは現場・親会社・ファンの三位一体改革ですね。選手たちが何とかしたいという気概に親会社・ファンも応えてくれたんでしょう。川崎時代は残念ながら選手たちにそういった気概がなかったし、ファンも野球を観ずにギャンブルしにきてついでに観ようみたいな姿勢だった。いまのロッテファンはうらやましいです。
そんなロッテも今年は苦戦が伝えられます。ロッテを支えたリリーフの薮田・小林雅英が抜けますし、オリンピックで成瀬・小林宏之・サブローといった投打の軸も抜けるでしょう。清水直行の復調、ズレータの活躍が鍵を握りますね。


川崎劇場を生で体験した父が幕張に行ったらビビるだろうな。昔とは大違いだってね。

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コメント (3)

masaさん

masaさん (49)

2008/01/27 23:44

初めまして!

わたくしmasaも幼少のみぎり、川崎球場の近くに住んでいました。

昔は大洋、ロッテ本拠地でしたね。

G戦も王さんのHRも川崎で観ましたし、あの10・19は大学の授業をさぼっていったにもかかわらず、球場内に入れず、球場の外にいました。

あの川崎球場の雰囲気、良かったなぁ。

ちなみに、わたしの高校野球の締めくくりのゲームも川崎球場でした。

ショウさん

ショウさん (17)

2008/01/28 13:09

十八連敗や山本マリーンズ時代を応援していた自分が見てもびっくりします

迷走している部分もありますがボビー瀬戸山になってから劇的に変わりましたね

今ではマリーンズファンだったというドラフト候補も増えてますし

rollingstoneさん

rollingstoneさん (2)

2008/01/29 07:08

書き込みありがとうございます。

>>masaさん
はじめまして!
私は10.19はニュースステーションで知りました。あの川崎球場が満員になっていたとは・・・

>>ショウさん
確かにボビー瀬戸山体制で劇的に変わりましたが、
山本監督がその種をまいていたという事もありますね。山本監督時代は数々の主力が入団してきたわけですが、彼らがまだ力のない頃から辛抱して使っていたことで、今のマリーンズができたのだと思います。



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