2008/05/21 18:18
野口英世博士が黄熱病のためアフリカのガーナで死去したのは 1928年5月21日だぞよ。 命日に前後して、「野口英世アフリカ賞」の授賞式をはじめ 顕彰事業や展示会が催されるのじゃ。 周囲の反対を押し切ってのアフリカ行きじゃった。 研究結果に出された疑問や批判を晴らすためともされるが…。 既に多くの栄誉に輝き、社会的地位を手にしておった。 使命感や博愛の気持ちがなかったはずはないのう。 博士の遺髪を収める猪苗代町・長照寺の楠俊道住職は 「母シカや恩師・小林栄先生の観音信仰が強く影響している」と話すぞよ。 シカが中田観音(会津美里町)に帰依していたのはよく知られておるのう。 さらに小林先生は、広く社会へ慈悲をもたらす救世観音を深く信仰し、 布教活動にも携わっておったのじゃ。 米国にいた博士への手紙には「観音様の代理として人を救うように」などの 励ましが繰り返されておるぞよ。 博士に贈った持仏は現在、生家脇に建立された観音像内に収められておるのじゃ。 博士の死から今年で80年目じゃのう。 アフリカでは依然、多くの住民がエイズなどの病に苦しみ、 飢えや貧困にあえいでおるわい。 どう手を差し伸べ、解決していくか―博士が後世に託した「遺言」といえるのう。 まぁ、たまには真面目な話も良いじゃろうて・・・ うっほっほっほ
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